一葉ブームの中で

樋口一葉と十三人の男たち (プレイブックス・インテリジェンス)

樋口一葉と十三人の男たち (プレイブックス・インテリジェンス)

五千円札に登場して以来、一葉ブームが続いているようだ。先日その生涯を描いたテレビドラマを見ていて、非常に物足りなさを感じてしまって、最近出版の二冊を立て続けに読んだ。

『…十三人の男たち』は文字通り、一葉との関わりの深かった男性たちとのやりとりの中から一葉の姿を浮かび上がらせる。二十四歳という若さで亡くなったことを考えると、彼女の人を見る目の冷静さ、したたかさに驚かされる。彼女が誰かに本当に心を許したことはあったのだろうか。やはり桃水の存在は気にかかるが…。
実はテレビドラマで気になっていたのは、森鴎外が一葉を訪ねた場面があったことだった。おかしいんじゃないかと思ったが、この一冊で解決した。一葉を訪ねたのは斎藤緑雨だった(一葉の日記にあたって調べたわけではないけれど、これなら納得できるのである)。彼の一葉への思い入れの深さはちょっとばかり不思議である。私なら少々気味が悪いようにも思う。

『…「いやだ!」と云ふ』は、江戸ものの著作が多い著者が、江戸から近代への境に一葉を位置づけてその代表作五編『大つごもり』『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』『わかれ道』を読み解く中から、登場人物に一葉らを重ねて、女性にとって極めて窮屈な時代を生きた一葉の姿を描き出す。
玉の輿に乗る以外に「出世」の道がない明治の女性の生き方に、小説の中で「いやだ!」と叫び続けた一葉がそこに見えて来る。しかし、そこに現れたのは、一葉の姿だけではなく、著者のスタンスであり、現代に生きる私たち自身の姿でもあった。枠をはめられたような毎日にただ流されて行くのではなく、「いやだ!」と叫んで自己主張することは、現在でも案外に難しく、しかし大切なことのように思えて来る。