定家と熊野参詣

藤原定家の熊野御幸 (角川ソフィア文庫)

藤原定家の熊野御幸 (角川ソフィア文庫)

タイトルを見てわかるように、後鳥羽上皇の熊野御幸に供奉した藤原定家の記録を追った作品であるが、熊野をテリトリーとする神坂次郎によって描かれたその旅の詳細は時空を超えて極めてリアリティーを帯び、読者もまさに苦しい熊野参詣の道連れに引き込まれる気分となる。

また、ここに登場する定家は、和歌の大御所などという優雅な身分ではなく、中将昇進の実現を夢見た追従の旅を決意した40歳で殿上人でもない二流貴族の姿であって、あくせくと御幸の先触れを務め、休む間もなく歌会に召し出される様子は悲壮感さえ漂う。

そうした勤めの中にも、寝坊をしたり休憩中にうたた寝をして置いて行かれたり、潮垢離をして風邪を引いたり、装束を間違えるといった失態を演じることもあれば、上位の人間に宿を奪われても泣き寝入りするしかない情けなさを嘆くこともあって、その姿は、うだつの上がらないサラリーマンの悲哀にも通じるものがあるだろう。定家をひとりの人間として、身近に感じられる1冊となっている。

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